読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヘタノヨコズキ

ライフハックと手帳、ときどきうさぎとフェレット

「憎しみ」が「無念」に変わった日

雑記 雑感

2日ほど連続して更新をお休みしていました。
一応は毎日更新が目標というか、ブログ書くのが日課みたいになっていましたのでね。 (って言いながらちょくちょく休んだりしてるんだけど)

実は、先週の金曜日にうちの祖母が亡くなりました。

私は仕事で他所へ出ていたので間に合いませんでしたが。
病室に入り目に入ってきたのは、私が20年間憎み続けてきたその人ではなかった。

ほぼ脳死のような状態になり食事も取れなかったので、ここ1ヶ月近くは点滴のみで生きていたので痩せに痩せたと聞いてはいたけど。
実際見たら痩せたなんてものではなかった。

ほとんど骨と皮だけで、頭部と骨盤の部分だけがボコっと出ていて後はぺしゃんこ。
顔を見ても、どこの誰だかわからないほどだった。

「これがあの人なのか」と思った。  
 

今年で祖母と同居を始めて20年目でした。
なんで同居することになったかというとじーちゃんが病気で早くに亡くなったりしたからなんですが、同居を始めてうまくいかなくなるまでにそう時間はかからなかった。
私が中学生の頃です。

祖母の件は、自分でこんなこと言うのも何だけど、私の精神に大きな影響を与えることとなった。
私が躁鬱になったのは結婚してからですが、そもそもの根本的な原因は結婚後ではなく、10代の頃の育ち方にある、とも言われました。

毎日怒鳴り合いの両親と祖母を見続け、子どもはどうやら親の味方をするものらしく。
私は同居を始めて以降、祖母と口をきいた記憶がありません。

湯灌*1の際、祖母が額に入れて飾ろうと大きめに引き伸ばしていた写真が棚から出てきたので、それを一緒に入れてもらうことにした。
写真は、母と妹さんが若い頃のもの(←いろんな意味でインパクトがあった)、じーちゃんがまだ元気だった頃のもの(←どの写真を見ても美形)。
そして、私やいとこがまだ小さかった頃のものもあった。

写真の中の小さい私は、祖母にくっついて笑っていた。
もちろんそんなに小さい頃の記憶はないが、何の問題もなく一緒に笑っていた時代が確かに存在していたのだ。

どうしてこうなってしまったのか。
20年もの間、何の改善策も見いだせず。
どうすることもできずただひたすら憎み続けた20年。
何故こんなにもひとりの人間を憎み続けることになってしまったのか。

写真を見ながら、そんなことを考えました。

祖母が焼き場に入る直前、涙が出た。
父と母を見ると、ふたりともやはり涙を流していた。

悲しみの涙ではない。
今まで抱き続けてきた憎しみの涙でもないような。
あれは一体何の涙だったのか。

とりあえず一段落した今、あの写真を見た瞬間のことを振り返ると。
あれが「無念」という感情なのかなあと。
実際、今は憎しみの感情は私の中にはおそらく無く、虚しいような気持ちだけが残っている。

どっちにしてもあまり良いもんじゃないとは思うけど。
しかしこれで、人を憎み続ける毎日は終わったのだ。

記憶のない、あの1枚の写真が。
憎しみを無念に変えたのかもしれない。  
 

ということでまだやることは色々とあるんだけど、とりあえず徐々に日常に戻していかないと。
ここの更新もいつもどおりに戻していきたいです。

今日は薄暗い話で失礼しました。

*1:ゆかん。納棺の前に行う遺体を清拭する儀式